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2018.03.21 インドネシアでの生活 インドネシア語入門編

新しい形のインドネシア語辞書の紹介

【新時代の辞書】辞書の体裁、最優先に 品詞・派生語表示を工夫 (2018年03月21日付じゃかるた新聞から転載)

 「インドネシア語の辞典を作ってほしい」。2013年4月、神田外語大学の舟田京子教授に小学館から依頼があった。大手出版社が辞書作りを企画し、インドネシア語研究者に持ち掛けるケースは前代未聞。初心者からビジネスにも使える一般向けの「プログレッシブ・インドネシア語辞典」(本体4900円)は、企画当初から、インドネシア語辞書の新時代の幕開けを告げた。
  「これまでインドネシア語の本を出す時は、小さな出版社に出向いて頭を下げて出版してくださいというレベル。それが小学館から話があるなんて、それだけのマーケットがあるということ。インドネシアの地位が向上したのだと思う」
  1970年にインドネシア大学へ留学して以来、インドネシア語研究を続けてきたブディ・ルフール大の高殿良博教授はこう話す。「当時、私がインドネシアへ留学に行くと言ったら、周りには笑われた。何もないところになぜ行くのかと」。
  高殿さんはこれまで5冊のインドネシア語に関する本を出版してきた。インドネシア語の本は、今でも研究者自らが出版社に足を運び出版をお願いすることも多いという。
  小学館は17年3月に東南アジアの言語第1弾となるタイ語の辞書を発売しており、インドネシア語はその第2弾となる。企画した小学館外国語編集部の星野守さんは「これからはアジア、なかでも東南アジアが世界の中で存在感を増し、経済はもとより文化の面でも影響力を持つだろうという思いがあった。インドネシア語も、ほかの言語にあるような辞書がどうしてもこれからは必要。経済、文化交流には、縁の下でそれを支える辞書や語学書が必須となる」と話す。
  だが、出版まで設けられた期間はわずか4年。舟田さんが「一生をかけて作るもの」と考えていた辞書作り。そこで高殿さんや京都産業大学の左藤正範教授に声を掛け、辞書作りのプロである星野さんのアドバイスを受けながら作業に着手した。
  星野さんは教科書編集に携わった後、辞書編集へ。約20年にわたり、さまざまな言語の辞書編集を監督してきた。辞書編集について「言語は違っても、言語学的な観点は共通するところがあるので、多少は分類と類推が効く」と話す。
  星野さんは、既存のインドネシア語辞書について「動詞や形容詞などの品詞の区別がなく、動詞に自他の区別がない、語法、文法の解説がないのは語の情報を提供することが使命である辞書とはいえない」と指摘する。
  単語を引いたとしても、使い方が分からなければ、学習や語彙(ごい)拡充の役には立たない。また文法、語法の情報がなければ、文を正しく作り、使うことができない。しかも、インドネシア語は派生語が多い言語であるにもかかわらず、派生語をそのままの形で引くことができないのは、あまりにも不親切で非情ではないか。
  辞書作りのベテランが提示した問題点に、インドネシア語のベテランたちが真っ向から取り組み、辞書としての体裁を整えていった。見出し語を「略式」と表記した上で派生語を併記したり、派生語の接頭辞、接尾辞を太字のゴシックで表記したりするなど工夫したほか、語義区分の数字も見出し語と派生語でスタイルを変えた。こうして英語の辞書などと比べても違和感のない、インドネシア語辞書の新しい形が出来上がっていった。
  星野さんはインドネシア語辞書制作中に定年を迎えたが、最後まで「編集者としての『勘』としつこさ」(星野さん)を発揮し、編集作業を続け、企画から5年弱で出版にこぎ着けた。
  舟田さんや高殿さんは「この辞書は、プロの編集者の厳しい目と熟練の腕がなければ完成しなかった」と労をねぎらった。(上村夏美、写真も、おわり)