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2026.09.01 メルマガバックナンバー

インドネシア進出サポートメルマガ2026年9月号

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インドネシア進出サポートメルマガ2026年9月号
Vol.42 【2026年9月1日発行】
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関係各位
このメルマガはこれまでにインドネシア関連の仕事でお世話になった方々に、最新のインドネシア事情を気軽にご理解頂ける内容で毎月1日に配信しております。

■今月号の目次

【1】 インドネシア進出関連ニュース『インドネシアに進出すると日本国内の仕事はなくなるのか』
【2】 インドネシア社会一般ニュース『3回目の“独立”に苦闘中のインドネシア』
【3】 インドネシアお楽しみニュース『列車の窓を通して見える庶民の生活』

=======お知らせ======

■インドネシア進出サポート公式サイト
<https://www.hmkt.jp/>

インドネシア進出準備から撤退までの、50年以上にわたる経験と知見を網羅したサイトで、一日平均2,000件以上の閲覧数と500人を超える訪問者数で、2022年の開設以来の訪問者数は累計30万人、閲覧数は累計150万件に達し、Googleのトップランキングを維持しております。

その中でもお薦めしたいのが、インドネシア進出支援セミナースライドで、公開件数は308件に達し、更に毎週1件のペースで増え続けています。

全てのスライドは目的に沿って検索が出来るように、『インドネシア進出ハンドブック』<https://www.hmkt.jp/handbook4.2.pdf>の項目別にリンクが貼り付けられています。

セミナースライドを始めとして、全てのコンテンツはフリーダウンロードで提供しています。

■インドネシア進出サポートウエブセミナー
<https://www.youtube.com/channel/UCXghuRz7zRX5jLOXu75rQjQ>

2023年3月の公開以来、視聴回数が9,000を超えました。

公式サイトに掲載されたセミナースライドサンプルに音声解説を付けてYoutube上で公開しています。

■インドネシア週刊ニュースダイジェスト
<https://www.youtube.com/watch?v=N8LO2ArPcMQ&list=PL9G2490hwBi_cdAcnPoo2YaDBpaec_GTM>

一週間のインドネシアの現地報道から、注目したいくつかのニュースを5分前後でYoutube上で紹介していますので是非ご覧下さい。

■インドネシア最新情報ブログ
<https://per-inc.com/blog/>

インドネシアのホットな現地発のニュースに私的なコメントを付けて、随時掲載しています。

■配信を希望されない場合は『配信不要』と返信して下さい。

☆★☆★☆★☆★【今月のニュース】☆★☆★☆★☆☆★

【1】インドネシア進出関連ニュース『インドネシアに進出すると日本国内の仕事はなくなるのか』

米国は2000年前後から多くの工場を中国に移転した結果、鉄鋼産業、自動車産業、造船業などの国家の基幹産業が大きく衰退してしまいました。

2000年前後は米国の政財界が、”China Supply-Chain”の魅力を世界に向けて呼び掛けていた時代で、日本企業もその例外ではありませんでした。

トランプ政権は現在、米国の製造業をなんとかして自国内に取り戻そうと必死で、トランプ関税などの政策で中国に出て行った製造業を本国に呼び戻そうと試みていますが、工場を再度移転させるのは言う程簡単ではないでしょう。

このような事例からも明らかなように、もし日本の製造業がインドネシアに移転すると、間違いなく日本国内の仕事はなくなるでしょう。

しかし、①企業が生産拠点そのものを移転する場合、②これまで日本で製造し輸出していたものを現地生産に切り替える場合、③現地の国内市場向けの生産拠点を新たに開設する場合では話が異なります。

①と②の場合は日本国の仕事を減らすことは避けられないでしょうが、③の場合は日本から部材を輸出する場合が多く、日本国内の仕事も増やせる場合が多いのは統計上証明されています。

生産拠点をどこにするのかと言う問題は、為替レートの大きな変動が起きた際に嫌でも直面することですが、短期的な製造コストの問題だけではなく、日本とインドネシアの両国の長期的な経済成長にどのように貢献出来るのか、と言うことを、一企業家としてよりも更に一歩高い視点から考えることが、成功に繋がる鍵ではないかと考える次第です。

【2】インドネシア社会一般ニュース『3回目の“独立”に苦闘中のインドネシア』

インドネシアは1945年8月17日にオランダによる植民地支配からの独立(1回目)を宣言しました。

その後のスカルノ政権は、当時のソ連と中国の影響を強く受けるようになり、次第に社会主義に傾倒して行き、インドネシア共産党は病気のスカルノ大統領亡き後の政権収奪を企てるようになりました。

しかしながら、1965年9月30日にインドネシア共産党軍が起こしたクーデターは失敗に終わり、そのクーデターを鎮圧した当時のスハルト陸軍少将が、3年後にはスカルノから政権の委譲を受けます。

この1965年9月30日のクーデターはG30S(9.30事変)と呼ばれますが、これは共産主義からの独立(2回目)であったと考えられます。

当時はソ連、中国の影響下でインドシナにかけても共産化が進んでおり、東西冷戦の真っただ中にあった米国が、インドネシアが共産主義化されるのを防ぐために仕組んだ、マッチポンプ式のクーデターであったとの陰謀論もありますが、真相は判りません。

1968年に政権を握ったスハルト大統領は、軍事力を背景にした独裁政権を、1998年までの30年間にわたり維持しましたが、前年に起きたアジア金融危機に端を発した経済問題に対する国民の怒りが、1998年5月のジャカルタ大暴動へと発展し、スハルト長期独裁政権は崩壊しました。

これは軍事独裁政権からの独立(3回目)であったと考えられます。

1回目のオランダからの独立では4年間に及ぶ独立戦争でジャワ島が戦火に見舞われました。

2回目の共産主義からの独立の後は、10年以上にわたり長く続いた赤狩りのために、冤罪も含めて50万人以上のインドネシア人が、投獄、死刑、集団私刑の犠牲になったと言われています。

3回目の軍事独裁政権からの独立の後は、6年間の政治的混乱を経て、大統領、国会議員、地方政府首長、そして地方議会議員が国民の直接選挙により選ばれる制度が導入されました。

しかし、一部富裕層と庶民の貧富の格差、都市と地方の格差、次第に強まる言論統制、益々酷くなる政府高官による汚職などを見るにつけ、名実ともに民主主義の政治が行われていると言えるまでは、さらに時間がかかるように感じられます。

【3】インドネシアお楽しみニュース『列車の窓を通して見える庶民の生活』

出張で中部ジャワ州のテガル市に行く時は、最初の頃はジャカルタから車で高速道路を走りました。

距離は東京から浜松とほぼ同じ250KMですが、当時は首都圏の渋滞を抜けるのに時間を要し、デコボコの多い高速道路を5時間前後走破し、テガルに着いた頃にはぐったりと疲れてしまいしまた。

そんなこともあり、最近はジャカルタのガンビール駅から、3時間半でテガル駅に着くスラバヤ行きの特急列車に乗ることにしています。

インドネシアの空港専用列車や長距離列車に乗っていつも感じることは、車に乗って大通りや高速道路を走る時に見える車窓の景色と、列車の車窓から見える景色が違うことです。

譬えて言えば、車からの景色は最前列の客席から見上げる舞台の様子ですが、列車からの景色は舞台裏の様子です。

市街地を走る間は、線路沿いの家の裏側を通るため、掃除・洗濯・炊事、そして遊びまわる子供達の、庶民の生活感溢れる景色が目に飛び込んできます。

少し郊外になると、工場や倉庫の裏の少し高い位置を走るため、表通りからは見えない、正に産業の舞台裏が見えて来ます。

そして田園地帯を走る間は、年間を通して稲作をしているため、田んぼの中で農作業をしている人達の姿がいつでも見え、子供の頃に蒸気機関車の客車の窓から見えた、故郷秋田の田園風景を思い出します。

時速70Kmくらいのスピードで、横揺れ、縦揺れの激しい列車の旅は、日本の新幹線での移動に慣れた日本人には、なにか懐かしいものを感じさせてくれます。

以上

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小野耕司/インドネシアビジネスサポート
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